2018.08.20

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体の芯まで冷えきる、最強の避暑地

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耳を澄ませばピタん、ピタん──と、およそ1200年前に流れ出たマグマの壁をつたって滴る音が響く。ここは富士山の麓にある洞窟の中で一番多くの氷があるという。幻想的な美しさに包まれる氷の宮殿をしばし堪能した後、一般のツアーでも紹介しない洞窟の奥へと山口さんが案内してくれた。

さらなる氷の世界でクールダウン

氷の宮殿の奥へ続く道はほぼ一面氷に覆われた下り坂。氷の一部分は溶けた水が小さな小川のように洞窟の奥へと向かって流れる。ただでさえ足元が滑りやすいのに、下り坂となればさらに怯んでしまいそうだ。

山口さん
山口

ゆっくりと手で壁をつたいながら、つかむ場所がなければお尻を地面につけて滑り台のように滑ってみてください。

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この時点でズボンはほとんどずぶ濡れ。けれども、天然の氷の滑り台というなんとも贅沢なシチュエーションに、さらにワクワクと冒険心が刺激される。ゆっくり壁づたいに来れていたのに、ふと気を緩めた瞬間、ツルんと滑ってしまった!!

山口さん
山口

大丈夫ですか? 洞窟の奥の氷柱の前にちょうど着きましたよ。

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目の前には山口さんのヘッドライトで照らされた高さ1mほどの氷柱。美しい輝きと幻想的なオーラに包まれている。富士山の雪解け水が生んだ、濁りのない透明な氷を眺めていると、心の奥まですうっと澄んでくるような感覚になった。

山口さん
山口

少し狭いですけれども、この先まで行ってみましょうか。

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氷柱の脇に、人が一人やっと通れるくらい直径50㎝ほどの穴があった。この先にまだ進むのかという動揺を隠せないが、探検家が一緒ならば大丈夫と山口さんに続いて穴へ潜った。氷の上をゆっくりと這うように匍匐前進をすると、穴を抜けてちょっとしたスペースに出た。

山口さん
山口

この先まだ40mぐらい洞窟は続いているといわれています。

洞窟の中に向かって冷たい風が吹き込んでいる。鳥肌どころか体の芯まで冷え切ってしまうほどの寒さだ。それもそのはず、足元の氷の厚さは3mを超えている所もある。ここでそっとヘッドライトを消してみた。完全に真っ暗な空間を見つけるのが簡単ではないいま、この暗闇はまるで数千年前にタイムスリップしてしまったかのような感覚にも陥る。冷んやりした空気や深い静寂が、さらに五感を研ぎ澄ました。

山口さん
山口

この暗闇で水の滴る音を聞くと、とても癒されるんです。自分の足でこんなにも日常と違う世界に来れるなんて、ケイビングに出合う前は知らなかった。

未知なる世界へ挑む興奮。そして寒さ。人によっては恐怖心さえも抱きそうな暗闇。いろんな感情が渦巻くのではないかと思うが、山口さんはとても明るく、楽しそうだ。

山口さん
山口

さて、洞窟の外へそろそろ出ましょうか。

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洞窟に入って気づけば2時間弱。足先はまるで雪山を歩いた後のような感覚。気持ちが落ち着きブルルと震えが出た。

非日常からの帰還……洞窟は出た瞬間が醍醐味

氷の滑り台を滑ってきたのだから、なかなかそう簡単には上がれない。まさに、行きはよいよい帰りは怖い。ケイビングが大変なスポーツであるということを改めて実感する。

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山口さん
山口

四つん這いで上がると楽ですよ。

そう言いつつ、ペンギン歩きでスタスタと上がって行く山口さん。さすがは洞窟探検家だ。

山口さん
山口

ケイビングの醍醐味はワクワクドキドキの連続のところ。狭いところを匍匐前進でくぐり抜けて、人類未踏の空間を見つけたときの喜びなんて最高です! でも実はそれと同じくらい、洞窟から地上に出た瞬間はテンションがあがるんです♪ 暗く静かな洞窟内をじっくりと自分の足で進むからこそ、外の太陽の光を浴びた時に清々しい達成感に包まれるんです。

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来る時は何があるかわからないハラハラ感があったが、帰りは多少の余裕を感じる。行きと帰りの道がまた違った世界に見えるのも洞窟に魅了される理由の一つかもしれない。

山口さん
山口

洞窟にはさまざまな種類があって、ここの火山洞窟は日本でも数少ない珍しい洞窟なんです。『鍾乳洞』と呼ばれているところは石灰洞窟ですね。

今までいた場所の貴重さを再認識する──暗闇と静寂に包まれ、猛暑を忘れるぐらいの涼を楽しんでいたはずなのに、不思議と一刻も早く太陽の暖かい光を浴びたくなった。入り口と同じハシゴを登って地上へ出る。太陽の強い日差しを全身で浴び、ムワッとした暑さを感じる。一気に現実の世界に戻った。非日常から日常へ。まるでタイムマシンに乗って時間旅行をしてきたかのような気分だ。

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山口さん
山口

洞窟探検の最後のおもしろみは、この気温差なんですよ。外気が寒い冬よりも暑い夏の方がこの気温の違いを感じやすく、楽しみが増します。特にこの地域の冬は雪が降るので、氷柱を見ても感動が薄くなってしまうこともあったり(笑)

洞窟探検家として活躍する山口さんは、ツアーガイドの仕事がない日はプライベートで未踏の洞窟を訪れてトレーニングに励んでいるのだそう。時には命に関わる危険な場面にも遭遇するのだとか。

最強の避暑地へと訪れた洞窟だったが、ただ涼しいだけではない奥深さがあった。洞窟探検家として活躍する彼女。前職は看護師として終末期医療や在宅医療に携わり、多くの人々の命と関わってきた。医療の世界と洞窟は全く異なるようなフィールドながらも、「命」に向きあうという点では同じだ。またどこかで洞窟の魅力をさらに掘り下げてみたい。

Written by Nahoko Matsumoto
Photo by Kenta Yoshizawa

気軽に洞窟という避暑地を訪れたい時は鳴沢氷穴がオススメ。

【鳴沢氷穴】
〒401-0320
住所:山梨県南都留郡鳴沢村8533
〈東京方面からの車でのアクセス〉
中央自動車道:中央自動車道河口湖ICより20分
東名高速道路:東名高速富士ICから西富士道路経由で約45分

ciaoboy案内してくれた山口さんが所属する「ちゃお!」は、日本で唯一の洞窟スペシャリストが運営する洞窟探検専門プロガイド団体だ。ガイドが全員洞窟探検家というのは心強い。洞窟内の氷柱をライトアップするなど、他のガイド団体にはないワンランク上の工夫とサービスが魅力である。

http://genkijin.jp/ciao/
Tel: 0586-85-9016 mail: ciao.caving@gmail.com

profile

山口夕佳里 やまぐち ゆかり

看護師時代は『終末期医療』に携わるが、偶然に出合った洞窟探検に魅せられて転身。自身の経験を生かし、NHK『世界最大級! ラオス絶景の未踏洞窟に挑む』では看護師としてクレイジージャーニー・吉田さんとともに出演。ベトナムの火山洞窟の測量や、東京国立科学博物館と南大東島の洞窟調査などを行う。初めぼんやりとしていた『洞窟看護師になる』という夢が徐々にハッキリとした目標に代わり、少しずつ活動の幅が広げている。

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