2018.02.13

DREAM

Special

周囲からの“反射”で今の自分が形作られている
『HIGH(er)magazine』編集長
haru.インタビュー後編

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大学生でありながら、雑誌『HIGH(er)magazine』の編集長。
多彩な彼女を形作ったもののひとつは、幼少期に過ごしたドイツでの環境!?
今後の夢についても伺った。

制作物を通して自分を表現し続けたい

──小さい頃は、どんなお子さんでしたか?

とにかく辛かった記憶があります(笑)。内弁慶なところがあったのか、とにかく保育園に行くのが苦痛で、毎日お父さんにしがみついていました。ただ、ドイツにいた小学2年生のときからの2年半は友達と木登りをしたり、活発に過ごしていました。

──日本に帰ってきてからは?

ドイツにいたので漢字が分からず、テストで0点を取ってしまって、また内弁慶が再発しました(笑)。しかも「頑張ろう!」と思って猛勉強したら、今度は優等生キャラみたいになってしまって……。学校にいるときはそんなに明るい方ではなかった気がしますね。

──当時から何かを作ることに興味があったんですか?

幼い頃からモノを作ったり、絵を描いたりするのが大好きだったので、自然と何かを表現する人になりたいという気持ちをもつようになっていました。父親が絵描きなので、その影響もあったのかもしれません。

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──学校にいるときや制作をしているときなど、シチュエーションによって自分のキャラクターは変わりますか?

あんまり意識はしていないですけど、自然と変わっているのかもしれません。たとえば、保育園の頃と今では環境が全く違うと思うんですけど、やっぱり周りに誰がいるか、というのは重要な気がします。必ず周囲の人からの影響で、今の自分のキャラクターが形作られていると思います。

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──それこそharu.さんは雑誌の制作からモデルまで多彩にご活躍されていますが、今後はどういった活動をしていきますか?

モデルのお仕事について言うと、私より適任の人がたくさんいると思っています。お洋服の見せ方だったり、表情の作り方だったり、プロのモデルさんは本当にすごい。そもそも私は身体表現が得意じゃないんです。だから私はモデルというよりは、今後も自分の制作物だったり、何か別のモノを通して自分を表現するという活動をしていきたいと思っています。
今、興味があるのはラジオドラマ。大学の授業で寺山修司の『コメット・イケヤ』っていうラジオドラマを聴いたんですけど、それがすごく面白くて。Instagramライブなどを使って何かできないか、友達と相談しているところです。

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小さかった頃を振り返り、「辛かった」と語るharu.さんは、自身の人生を「ビリから始まる人生」と笑う。卒業後は、大学院に進みながら、引き続き制作を行っていく予定とのこと。今後も彼女のパーソナルな表現を楽しみにしたい。

Written by Yosuke Noji
Edited by Kentaro Okumura
Photos by Ryuichi Taniura

profile

haru.(はる)

同世代のメンバー5人を中心に制作されるインディペンデントマガジン『HIGH(er)magazine』の編集長を務める。『HIGH(er)magazine』は「私たち若者の日常の延長線上にある個人レベルの問題」に焦点を当て、「同世代の人と一緒に考える場を作ること」をコンセプトに毎回のテーマを設定している。そのテーマに個人個人がファッション、アート、写真、映画、音楽などのさまざまな角度から切り込む。

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