2018.02.05

DREAM

Special

ドイツ留学時代に作ったZINEから始まった
『HIGH(er)magazine』編集長
haru.インタビュー前編

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「MUNSELL」コンセプトムービーにご出演いただいたharu.さん。
大学に在籍しながら、雑誌の編集長も務めるという彼女は何者なのか──。
その多面性に迫る。

『HIGH(er)magazine』は実験の場。みんなの”リアル”を詰め込む媒体

──自己紹介をお願いします。

haru.といいます。東京藝術大学の3年生で、普段は先端芸術表現科で洋服や音楽などさまざまな作品を作りながら、インディペンデントマガジン『HIGH(er)magazine』の編集長として雑誌を作っています。

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──クラウドファンディングで制作資金を集めたり、最近ではFENDIともコラボレーションするなど注目を集めていますが、改めて『HIGH(er)magazine』の魅力は?

私にとって『HIGH(er)magazine』は「実験できる場所」という位置付けです。たとえば、誌面に出るモデルが着る衣装は、スタイリングを担当している子が実際に作ったもの。一般のファッション誌は、誌面を作っている人の顔があんまり見えないと思うんですけど、『HIGH(er)magazine』ではカメラマンやスタイリストのパーソナリティをあえて表に出している。だから、私たち世代の“リアリティ”みたいなものがダイレクトに反映できていると思うし、そこが面白いポイントなのかなと思います。

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──編集長として、実際にどういった仕事をされているんですか?

何でもやります(笑)。誌面の特集や企画を立てるのはもちろんですが、実際にインタビューに行って記事を書いたり、ページのデザインもやるし、ときには配送作業までやることもあります。

──そもそも雑誌を作ろうと思い立ったきっかけは?

私は高校時代をドイツで過ごしたんですけど、卒業する前にクラスメイト全員にTシャツを作って、それを写真に収めたZINEを作ったんです。それがきっかけで、今度は1人じゃなくて仲間と作りたいと思っていたので、日本に帰って大学に入学してからすぐにメンバーを集めました。

──なぜ、ドイツに行ったんですか?

日本の高校に行くことが決まっていたんですけど、入学直前に東日本大震災があり、急遽母親に送り出されて。もともと祖父母がドイツに住んでいたこともあって、小学2年生のときに1度行ったこともありました。
日本に帰ってきたのは、やっぱり母国語じゃないと勉強するにも限界があることを痛感したから。もう1度日本語で勉強し直そうと思って、高校を卒業してから日本に戻りました。

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政治やフェミニズムなど、傍から見ると少しドキッとするテーマも扱う『HIGH(er)magazine』だが、インタビューに答える彼女は至ってフラット。特別えらぶることも、かしこまることもない彼女を見ていると、「友人から相談を受けることも多い」と語るのも頷ける。後編では、「とにかく辛かった」と語る幼少期から今後の展望まで話を伺う。

※一般に個人制作の小冊子をいう

Written by Yosuke Noji
Edited by Kentaro Okumura
Photos by Ryuichi Taniura

profile

haru.(はる)

同世代のメンバー5人を中心に制作されるインディペンデントマガジン『HIGH(er)magazine』の編集長を務める。『HIGH(er)magazine』は「私たち若者の日常の延長線上にある個人レベルの問題」に焦点を当て、「同世代の人と一緒に考える場を作ること」をコンセプトに毎回のテーマを設定している。そのテーマに個人個人がファッション、アート、写真、映画、音楽などのさまざまな角度から切り込む。

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